Interview #02 │ 温熱環境の専門家から見た木繊維断熱材

昨今、注目を集める住まいの温熱環境やエネルギー消費を研究するトップランナーの一人、辻充孝さん。辻さんは大学在学中より師事した三澤文子氏(Ms建築設計事務所)の勧めで、2001年の岐阜県立森林文化アカデミー設立の際から教職に就く。現在は同アカデミーの教授として次世代の人材育成をする傍ら、自らも設計に携わり木造建築の普及に努めてきた。現代の家づくりに「心地よいエコハウス」の必要性を説く辻さんに、シュタイコの魅力と将来性について話を伺った。

岐阜県立森林文化アカデミー教授

一級建築士・バウビオローゲBIJ

辻 充孝 氏

大阪芸術大学建築学科を卒業後、Ms建築設計事務所に入所。5 年間の実務経験を経て2001 年から現職。建築計画、温熱環境の研究、講座を受けもつと同時に、木造住宅や木造建築の設計に携わる。2022 年第1 回SDGs 建築賞(一財)住宅・建築SDGs 推進センター理事長賞受賞、他多数受賞。著書「全部絵でわかる7エコハウス」

エコハウスに必要なのはバランス感覚

私が建物を設計する際は、全体のバランスを大切にしています。例えば、建物の温熱環境だけに特化した設計だと、実際に暮らすうえですごく窮屈で閉塞感を感じることがあります。それは、室内の快適さや心地よさが、温熱環境だけで決まるわけではないからです。また、温熱環境にこだわるあまり、石油由来の建材を多用し室内の空気質を損ねてしまうこともあります。そのため、温熱環境だけではなくいずれの要素にも偏りすぎないよう気を付け、住まい手の視点と私の考えも反映させながら、建物全体のバランスを保つということを大切にしています。さらに、住まい手には、木材のようになるべく将来に負債を残さないような建材を選んでもらいたいな、という思いも持っています。

バウビオロギーとの出会い

私が木質繊維系断熱材について初めて知ったのは、2000年に日本でも発売されたドイツのベストセラー「健康な住まいへの道」(ホルガー・ケーニッヒ著)でした。当時、私はグラスウールや硬質ウレタンフォームを使っており、自然素材の断熱材が身近になく「欧州は進んでいるんだな」と感じる程度でした。しかし、その本がきっかけでバウビオロギーという学問への興味が湧き、2年間のスクーリングと試験を受け、バウビオローゲBIJの資格を取得しました。この学びを通じて、室内環境を温熱だけでなく光や電磁波、空気質など広い視点で考えることの重要性を知り、多様な関心を持つ学生の教育に柔軟な対応をしやすくなったと思っています。 そして、2014年に自宅となる築150年の古民家の改修物件で、初めて木質繊維断熱材を採用しました。当時は私自身も積極的に施工に携わっていたため、「断熱材そのものに触れることへの警戒感が全くなく、施工者負担がとても少ない断熱材だ」ということにまず驚かされました。

温熱環境の専門家から見たシュタイコ

私はこれまで、国内で流通している自然素材系断熱材のほとんどを採用した経験がありますが、シュタイコについては特に大きな蓄熱容量調湿機能が最大の特徴だと捉えています。真夏の場合は暑さが室内に入るのを遅延させ、日中の湿気をうまく調整することで夏型結露を起こしにくくします。また、冬の外気温が低く乾燥している状況でも、室内環境をうまく安定させ体への負担を軽減してくれます。省エネ基準の義務化が進む中、単に断熱性能を高めるだけでなく、気候変動に伴う急激な温度変化にも対応できるシュタイコは、将来にわたって「緩衝地帯」として機能するでしょう。その大きな蓄熱容量と調湿機能により、質の高い室内環境が得られるため、家そのものだけでなく日々の暮らしを大切にする人に最適な素材だと思います。

シュタイコの心地よいエコハウスへの貢献度

私はエコハウスの「エコ」も2種類あると考えており、建物の運用時のエコ建設時の物理的なエコに分けています。日本では喫緊の課題として建物の運用エネルギー量が大きく、まずこれを0に近づけるため2030年でのZEH標準化を目標としています。しかし、それ以後は現在の欧州のように材料のエコにシフトしていき、いかに環境負荷の少ない材料を活用できるのかというのが課題となるでしょう。

どのような断熱材も分厚く施工すれば、冷暖房時の消費エネルギー量を減らすことができるので、建物の運用時に断熱材がシュタイコであることの利点が特別大きいとはいえません。ただし、いずれ日本にも「建設時の物理的なエコ=材料のエコ」のような、建材の製造時に必要なエネルギーや廃棄時の環境負荷、改修時に投入される資材量など、環境への影響を最小限に抑えるという点も重視される時代が来ます。 木質繊維系断熱材なら、その高い機能性を住みながら体感できるだけでなく、建材のライフサイクルを考えた炭素の固定や廃棄時の環境負荷も抑えることができます。そういう意味で、シュタイコは「ちょっと先取りしている断熱材」ともいえるのではないでしょうか。

Interview

Interview #01 │ パッシブハウスと木繊維断熱材

キーアーキテクツ株式会社 代表取締役
森 みわ氏
横浜国立大学工学部建設学科卒業後ドイツに国費留学。ヨーロッパの設計事務所で省エネ設計に携わり、帰国後キーアーキテクツ株式会社及び一般社団法人パッシブハウス・ジャパンを設立。2019年よりアジア圏で3人目のパッシブハウス認定者となる。著書「世界基準の『いい家』を建てる」他多数。