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Interview #01 │ パッシブハウスと木繊維断熱材
日本のパッシブハウスの第一人者として知られる森みわさんは、ドイツやアイルランドでパッシブハウス建築に携わった後の2009年、ドイツのパッシブハウス基準に適合した国内認定第一号となる「鎌倉パッシブハウス」を発表。高い断熱性能と気密性能により、小さなルームエアコン1台で年間を通して快適な居住環境を実現できることを実証した。その際、まだ日本では知名度の低かった木質繊維系断熱材を採用、その後も自らの事務所のリノベーションの際は、ドイツのメーカーと掛け合って国内初のブローイング施工を試験的に行ったそう。それから15年、日本におけるパッシブハウスの在り方を探求し、普及させるべく家づくりに関わる実務者の人材育成にも取り組んできた森さん。2023年に竣工した自邸となる「信濃追分の家」でなぜシュタイコを選んだのか、その理由を伺った。
今回のスペシャリスト
キーアーキテクツ株式会社 代表取締役
森 みわ氏
独パーデンヴュルデンベルク州公認建築士
一般社団法人パッシブハウス・ジャパン代表理事
横浜国立大学工学部建設学科卒業後ドイツに国費留学。ヨーロッパの設計事務所で省エネ設計に携わり、帰国後キーアーキテクツ株式会社及び一般社団法人パッシブハウス・ジャパンを設立。2019年よりアジア圏で3人目のパッシブハウス認定者となる。著書「世界基準の『いい家』を建てる」他多数。
エコハウスの先にある「エネルギー自立」がテーマ
「信濃追分の家」は私自身の手掛けるパッシブハウスとしては10軒目で、エネルギー・コンサルタントとして関わったパッシブハウスを含めると30軒目となるこれまでの集大成であり、自分の立ち位置を確認するものでもありました。「パッシブハウス+αで何ができるのか?」を建築テーマとして探っていた中で、エネルギー自立を実現するという目的もあり、設計当初はオフグリッドの構想もあったほどです。
エコハウスに必要な断熱材とは?
私が設計する際は「トータルパフォーマンスでここまで行く」というエネルギー効率に関する明確な目標があるので、そこから逆算していくとかなり高いUA値レベルが建物に求められます。そうなると、外壁における付加断熱の占めるウエイトが結構大きくなるんですね。
すると断熱重心が外壁の外側に移行していくので、従来の気密ラインも外に動かせるということも重要なポイントとなります。気密シートを室内側に貼ってしまうと、その中に設備配管胴縁で30ミリの胴縁を打って、そこにコンセントボックスを入れて…と結構な手間が掛かります。そこで、私の場合は充填断熱がフェノールフォームとパネル化されている耐力面材で気密を取り、そこから外側に向かって透湿抵抗値を下げていきたいと考える中で、繊維系断熱材を付加するという選択肢が浮かび上がってきました。もちろん、繊維系であれば、木繊維でなくともグラスウールやセルロースファイバーという選択肢もあります。しかし、マット状の断熱材を140mm以上入れるとなると大工さんの負担が大きかったり、現場の限られたスペースで断熱材の置き場の確保という面だったりが課題になることがありました。そういった知見を通して、私が求めている付加断熱の厚みを実現するには「現場で吹き込むのがいちばん良いのではないか?」と方向性が定まってきたのです。
シュタイコを選んだ理由
決して安価ではないけれど、自然素材とエネルギー効率を両立させることが重要だと思い、木質繊維系断熱材の仕様で送り出したのが15年前の「鎌倉パッシブハウス」でした。以後、現実的に施主の予算に合わせるべく、安価な石油系の断熱材を併用することもあります。でも、「信濃追分の家」の施主は私なので、私が一番好きで使いたい素材を使うことにしたんです。また、シュタイコゼルが責任施工であることも今回の決め手の一つとなりました。もし私が工務店の立場であったら、大工さんを説得して手間代を多めに払うなどの対応もでき違ったかと思います。しかし、いつも違う施工者との仕事になる設計事務所の立場では、メーカーが責任施工で請け負ってくれる方がこちらも安心です。
好感度の高い断熱材である
パッシブハウスだからできる「冬の熱需要がほとんどない状態」は、断熱やガラスなどの建材によって実現されています。パッシブハウス基準を満たすだけが目的なら、硬質ウレタンフォームの断熱材をたくさん吹き込むだけでも十分でしょう。しかし、私たちが目指しているエネルギー自立を見据えた建物では、外皮性能を上げエネルギー効率を高めるために、これまで目にしたことがないような厚みの断熱材や建材が出現します。「そんなに石油系のものをいっぱい使って…」という見た目のインパクトはとても大きく、「どこがエコなの?」という第一印象を持たれてしまうことも少なくありません。そうした面で、シュタイコのような木繊維断熱材は、断熱材のネガティブな印象を取り除くことができる「好感度の高い断熱材」なのです。シュタイコは、ローコストや量産型の住宅会社にはできない選択肢ですが、テーラーメイドの住宅設計を行う私たち建築家は、シュタイコのような選択肢もあるということを一般消費者に示さなければいけない立場なのだと考えています。建築家や地域工務店だからこそ施主に提案できる材料であり、実際に自然素材を好む方の施主指定で使う機会はますます増えることでしょう。
雨の日でも気づかないほど、静かな室内に
シュタイコの性能の中で一番体感したのが”音”でした。「信濃追分の家」では屋根に400mm、壁には付加断熱として外側に140mm入っており、特に屋根の吸音性の高さを実感しました。雨の日でもウッドデッキが濡れているのを見るまで気付かないほどで、断熱性能以外にも室内の音響にとてもよく貢献していると思っています。